踊りを通じた身体感覚の育み方:インクルーシブな視点から
踊ることは、身体を動かす喜びや自己表現の手段であるだけでなく、私たちの身体感覚を深く探求し、育むための有効なプロセスでもあります。特に、障がいの有無に関わらず、全ての子どもたちが安全かつ効果的に身体を動かせるインクルーシブなダンス活動においては、身体感覚を意識したアプローチが、その子の発達と成長に多大な影響を与えると考えられます。
身体感覚の多様性と踊りとの関連性
私たちの身体感覚は、外界からの情報を受け取る視覚、聴覚、触覚といった「外部感覚」と、自身の身体内部の状態を感じ取る「内部感覚」に大別されます。踊りにおいて特に重要となる内部感覚には、大きく分けて以下の二つが挙げられます。
- 固有受容覚(深部感覚): 筋肉や関節、腱からの情報を通して、自分の体の各部位が今どのような状態にあるのか、どの位置にあるのか、どのような動きをしているのかを認識する感覚です。この感覚があるからこそ、私たちは目を閉じていても自分の腕が上がっていることや、足が床についていることを感じ取ることができます。ダンスにおいては、姿勢の保持、重心の移動、関節の可動域を意識した動きの制御に不可欠です。
- 前庭覚(平衡感覚): 耳の奥にある前庭器官を通して、頭部の傾きや動き、重力や加速度を感じ取り、体のバランスを保つ感覚です。回転、跳躍、バランスを要する動きの基盤となります。
これらの内部感覚に加え、音のリズムを感じ取る聴覚、空間や他者との位置関係を把握する視覚、床や道具、他者の身体との接触を感じ取る触覚もまた、踊りにおける豊かな表現と安全な活動に深く関与しています。これらの感覚が統合されることで、子どもたちは自分の体をより詳細に認識し、環境に適応した動きを生み出すことができるようになります。
インクルーシブなダンスにおける身体感覚の育み方
障がいのある子どもたちにとって、身体感覚の認識や統合には多様な特性が見られることがあります。そのため、インクルーシブなダンス活動においては、それぞれの感覚特性に配慮し、多様なアプローチで身体感覚を育むことが求められます。
1. 固有受容覚を刺激するアプローチ
- 抵抗のある動き: 重力に逆らう、または抵抗を感じる動きを取り入れることで、筋肉や関節への意識を高めます。例えば、ゆっくりと立ち上がる、床を押すようにして移動する、ゴムバンドを引っ張りながら動くなどが考えられます。
- 安定した支持面での活動: 床に寝転がる、座るなど、安定した支持面で身体をしっかりと支える感覚を養います。特定の関節(例:膝、肘)に焦点を当て、ゆっくりと曲げ伸ばしする動きも有効です。
- 身体部位の意識化: 踊りの中で「指先を遠くへ伸ばす」「足の裏で床を感じる」といった具体的な言葉がけを行い、意識を特定の部位に向ける練習をします。
2. 前庭覚を刺激するアプローチ
- 多様なバランス活動: 片足立ち、つま先立ち、かかと立ちといった静的なバランスに加え、歩行しながらのバランス変化、揺れる床や斜面での動きなど、動的なバランス活動を取り入れます。
- 回転・揺れ・加速の体験: 安全な範囲で、ゆっくりとした回転、前後に揺れる動き、スピードの変化を取り入れます。ブランコやハンモックのような道具の活用も検討できます。
- 重心移動の意識: 身体の中心を感じ、そこからどのように動きが生まれるかを体験します。ゆっくりと重心を左右、前後に移動させる練習を行います。
3. その他の感覚への配慮と統合
- 触覚の活用: さまざまな質感の素材(やわらかい布、ざらざらしたマット、冷たい床など)に触れる、ボールやクッションを使って身体を圧迫する(深部圧覚)など、触覚を通して自己の身体境界を意識する活動を取り入れます。
- 視覚・聴覚支援: ミラーを使って自分の動きを客観的に見たり、リズム楽器や多様な音楽を使って聴覚から動きを引き出したりする工夫も有効です。空間における目印や動きの方向を示す視覚的なサインも、子どもたちが安心して動くための助けとなります。
- 感覚統合的な視点: 子ども一人ひとりの感覚特性を理解し、過敏さや鈍感さがある感覚には、それぞれ適切な刺激の質と量を見極めることが重要です。例えば、特定の音に過敏な子どもには、音量や音源の調整を行うといった配慮が求められます。
発達への影響と理論的背景
踊りを通じた身体感覚の育みは、子どもたちの様々な発達領域にポジティブな影響をもたらします。感覚統合論の視点から見ると、固有受容覚や前庭覚といった基盤となる感覚が適切に処理され、統合されることで、より複雑な運動計画能力(プラクシス)や協調運動能力が向上します。これは、日常生活における身の回りの動作(着替え、食事、筆記など)や、遊びの中での運動スキル(走る、跳ぶ、ボールを扱うなど)の向上にもつながります。
さらに、自分の体を意識し、思い通りに動かせるようになる経験は、ボディイメージの形成を促し、自己肯定感や自信を育む上でも極めて重要です。他者との共同作業を通じて、非言語的なコミュニケーション能力や社会性も養われます。
保護者の皆様への説明においては、「ダンスは単なる遊びではなく、お子様がご自身の体の使い方を学び、自信を持って様々な活動に挑戦できるようになるための大切な学びの時間です」といった視点をお伝えすることができます。具体的な活動内容を例に挙げながら、それがどのような身体感覚を育み、日常生活のどのような場面に役立つのかを具体的に示すことで、ご理解を深めていただくことができるでしょう。
まとめ
踊りは、子どもたちが自分の身体と向き合い、内なる感覚と外界の情報を統合しながら、自己を表現していく豊かな営みです。インクルーシブな視点から身体感覚の育みに焦点を当てることで、全ての子どもたちがそれぞれのペースで、安全に、そして楽しく「踊る」ことの可能性を広げることができます。個々の感覚特性を尊重し、多角的なアプローチでサポートしていくことが、子どもたちの成長と自立を促す上で不可欠な要素であると言えるでしょう。